絵と人に出逢う
身近な美術が想い出になる
酷暑が当たり前になってしまった夏もようやく翳りを見せたと思うと、追われるように年の瀬がそこに。日本の美しい四季が二季に移行するような気候が当たり前になってきた近年です。
まだ少しの猶予はありますが年末になると画廊を閉めて3年が経つことになります。
この間は長年の倉庫にある在庫整理の傍ら、老人として残る人生を有意義に過ごす新しい取り組みをして来ました。こうして毎日生活の中心にあった美術との付き合いから少しずつ距離が出来てきたことで、今までと違った距離感で美術業界や、美術そのものをとらえ直すという感覚が出てきました。
歴史に遺る美術評価を継承していく仕事が時代の人々の意識によって大きく変遷していくなかで、画商として美術家を応援して、時代の美術を作っていくという行為がどういった力を持っていたのか、どういった美術が生み出されてきたのか。
渦中にいて感じていたことと、少し距離が出来てより客観的に美術界を眺めている気分です。
2023年末の「閉店のお知らせ」に書いたような現代美術の感覚に自身が付いていけないというような世代間のギャップという個人的問題ではなく、美術は人間の歴史の証言となる位置づけという絶対定義で見ると、現代は芸術そのものを問い直すパニック症状と言えるように見えます。
世界の美術はヨーロッパからアメリカ、そして東洋へと経済がパトロンとなり歴史を作ってきましたが、いまや同盟国の安全保障、経済の枠組みが大きく変化を遂げ混沌とした状況が続き、不要不急の美術マーケットもやがて新しい世界の枠組みが生まれるまで、その歴史的意義を持つ形を示すことに躊躇しているように見えます。
しかしながら、生まれてくるときも死ぬ時期も選ぶことが出来ない一人の人間としての人生は動きを止めることが出来ません。
時代がどうであれ自身の思い出の痕跡となる、身近な美術に囲まれ豊かな気持ちで生きていきたいものです。


